文:多賀太(WRCJ共同代表)
男性にとってセクハラは他人事ではない
2017年10月、ハリウッドにおけるセクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)の告発をきっかけに、「#MeToo」を合言葉にした反セクハラ運動が瞬く間に世界中へと広がった。
日本でもその後、当時の財務事務次官による女性記者へのセクハラ事件(2018年4月)などを受け、セクハラの根絶を訴える#MeToo運動が大きなうねりとなった。しかし、そうした声を上げた人々の大半は女性であり、男性の反応はいまひとつ鈍かった。
あれから3年。#MeTooという言葉を耳にする機会は減ったが、依然として深刻なセクハラ事件は後を絶たない。そして今でも、セクハラ問題に対する男性たちの関心は女性に比べて薄そうに思える。
人口のほぼ半数を占める男性たちが、セクハラを黙認し続けるか、それともそれに反対する声を上げるかによって、安心・安全で働きやすい労働環境実現の度合いは大きく左右されるはずだ。それなのに、なぜ男性たちは、女性に比べてセクハラに対して積極的に声を上げないのだろうか。どうすれば、より多くの男性たちがセクハラ防止に向けたアクションを起せるだろうか。
ここでは、「傍観者」「被害者」「加害者」という3つの側面から、男性にとってセクハラ問題は決して他人事ではなく、むしろ男性はさまざまな意味でその問題の当事者であること、そして男性には、セクハラをなくしていくためにアクションを起こすいくつもの動機が備わっていることについて考えてみたい ※1。
被害はすぐとなりで起きている
セクハラ問題に無関心な男性たちの中には、セクハラの被害に遭っているのは「女性という他人」であるかのように感じている人が少なくないようだ。しかし、セクハラ被害に遭っている女性たちは、決して赤の他人ではない。日々セクハラに脅えたり苦しんだりしている女性たちは、男性にとって身近で大切な人々(恋人、娘、妻、母、友人、同僚など)だ。
男性たちは、そうした彼女らの苦しみを黙って見過ごしていてよいのだろうか。そんな職場が、男性たちにとって居心地のよい、働きやすい場でありえるだろうか。決してそんなことはないはずだ。だとすれば、たとえ被害に遭っているのが女性だけだったとしても、男性にとって決して他人事ではすまされないだろう。
他方で、セクハラ問題に無関心な男性たちの中には、自分がセクハラの被害に遭うことを想像できない男性もいるようだ。しかし、そうした男性の中にも、気づかないだけで実はセクハラ被害に遭っている男性も少なくないのではないだろうか。
見過ごされがちな男性から男性へのセクハラ
女性から男性へのセクハラも起きるが、意外に多いと思われるのが、男性から男性へのセクハラだ。
男性読者の中には、これまでに、男性の上司や先輩から、不快な下ネタを延々と聞かされたり、性的なプライバシーを根掘り葉掘り尋ねられたり、風俗店に無理やり誘われたり、飲み会の席で服を脱ぐことを強要されたり、ふざけて性器を触られたり蹴られたり、といった経験をした人はいないだろうか。
もしこれらが男性から女性に対して行われていたら、それが深刻なセクハラであることを誰も疑わないだろう。ところが、同じ行為が男性から男性へ行われると、そこに含まれるセクシュアル(性的)な側面が見落とされ、しかも冗談や悪ふざけなどと軽くみなされがちだ。
そうして、被害に遭った男性自身も、それをハラスメントと受け止められなかったり、それを悩みとして語ること自体が男らしくないとして、相談をためらったりしてしまう。
ちなみに、2021年4月に公表された厚生労働省の調査によれば、就職活動中の学生では男女ともに約4人に1人がセクハラの被害に遭っていた ※2。残念ながら、この調査では加害者の性別を尋ねていないが、男性被害者の多くが男性からセクハラを受けているのではないかと推測される。
いずれにせよ、男性もセクハラの被害に遭っているし、今後被害に遭うかもしれない。だとすれば、被害に遭っている女性たちの痛みに共感し、彼女らとともに、セクハラに反対の声を上げることができるのではないだろうか。もう傍観者ではいられないはずだ。
「わきまえさせられること」へ、男性も声を上げよう
男性の中には、セクハラ問題に無関心というよりも、むしろ被害を訴えた女性たちを冷やかに見たり誹謗中傷したりという「二次被害」を起こしてしまっている人たちがいる。とても残念でたまらない。
こうした人たちのなかには、セクハラ問題の本質を全く理解できておらず、被害者への共感能力や想像力が完全に欠如していたり、いまだに自分の加害行為にさえ気づいていなかったりする人もいるだろう。
他方で、様々な生きづらさをかかえた男性たちが、抑圧された自分の感情のはけ口として、声を上げた女性たちを揶揄しているケースも少なくないようだ。そこには、「俺たちだってつらいのに、女たちだけが被害者面して男を悪者にしやがって」といった屈折した感情がうかがえる。弱い立場の男性たちが、より弱い立場の女性たちに矛先を向けて憂さ晴らしをしているという構図だ。
しかし、彼らは攻撃する方向を間違っているのではないか。男性たちの生きづらさの原因が、セクハラの被害を訴えている女性たちにあるのだろうか。決してそうではないはずだ。
これまで男性たちは、男性同士の上下関係や権力関係のなかで、たとえ理不尽なことがあっても弱音を吐かずそれに耐えることが「男らしさ」だと思い込まされてきた。より強い立場の男性たちがたとえ不正を働いても、それ対して異議を唱えず黙って彼らに従うことを余儀なくされてきた。女性たちだけが「わきまえ」させられてきたのではなく、立場の弱い男性たちもまたそうであったのだ。
しかし、今や女性たちは従来の従属的な女らしさに「ノー!」の声を上げはじめた。だったら男性たちも、もうそんな理不尽な「男らしさ」に縛られることなく、つらいときには弱音を吐いていいはずだ。そうして、弱音を吐いて少し気が楽になったら、女性たちとともに、セクハラをはじめとする社会の不正に対して「ノー!」の声を上げる力が湧いてくるのではないだろうか。
加害に向き合い反省し後悔するからこそ
一方、女性たちによる過去のセクハラを告発する動きが広がる中で、かつてはセクハラに対する認識が足りず、罪の意識なく取った言動が、今になって思い返してみればセクハラだったと気づき、相手を傷つけてしまったかもしれないと後悔している男性も少なくないだろう。
身近に起こったセクハラに「ノー!」の声を上げようとは思いながらも、「お前が言うな」と逆に非難されることを恐れて二の足を踏んでしまう男性もいるかもしれない。セクハラ問題に無関心というよりも、むしろそれに関わることを避けようとさえする男性たちが少なくない原因のひとつに、こうしたことがあるのかもしれない。
しかし、だからといって、至るところでセクハラが起こっている現状を知りながら反対の声を上げないならば、結局ハラスメントを黙認してその持続に加担していることになってしまう。
いま過去の言動を悔やんでいるということは、それだけ人権意識や相手への共感能力が高まったことの何よりの証拠であり、それ自体素晴らしいことではないだろうか。せっかく自らの加害者性に気づいたのだからこそ、自分はそんなことはもう2度としないと誓い、周りの人々にももう止めようと訴える。それによって、男性たちはセクハラの防止に貢献できるのだ。
単純な対立構図を超えて
そもそも、これまでに誰かを傷つけるような言動を一度たりともしたことがない人などいないのではないか。そうした意味では、性別にかかわらず、また被害者を含めて誰もが、ハラスメントの加害者であった瞬間があるに違いない。
これは決して、加害者であったことがある者には被害者として声を上げる資格がないとか、お互い様だからわざわざ騒ぎ立てるなと言いたいわけではない。そんなことを言い出したら、誰もハラスメントに「ノー!」の声を上げられなくなってしまう。ここで言いたいのは全くその逆だ。
一方で、自らの被害経験をつらいと思う立場からは、もうそんな目には遭いたくない、そんなハラスメントを許す社会のままにしたくないことを訴えるために、ハラスメントに「ノー!」の声を上げる。他方で、加害の経験や傍観していた経験があって、そのことを反省したり後悔したりしている立場からは、これからは2度とそうしないことの誓いの証として、ハラスメントに「ノー!」の声を上げる。
こうして、被害者vs加害者、告発する側vs告発される側といった単純な対立図式を乗り越えて、性別にかかわらず手を携え、セクハラをなくすためにアクションを起こすことができるはずだ。
強い立場の男性こそが毅然とした態度を
とはいえ、いくらセクハラに「ノー!」の声を上げようという動機づけが高まったとしても、職場や自分が所属する集団で弱い立場にいる人たちは、匿名ならまだしも、個人が特定されるかたちで堂々と声を上げるには相当な勇気が必要だ。
だからこそ、社会や組織の中で強い立場にいる男性たちは、セクハラを絶対に許さない、自分たちの代でこうした悪しき慣習を終わらせる、という毅然とした態度を示してほしい。彼らはその影響力を、セクハラをなくすために使うことができるのだ。
彼らにこそ率先して、ホワイトリボンキャンペーン・ジャパンが提唱する「フェアメン」になってほしい。
そうなれば、女性たちも、弱い立場の男性たちも、もっともっとセクハラに「ノー!」の声を上げやすくなり、安心・安全で働きやすい労働環境の実現への歩みはさらに加速するに違いない。
※1…ハラスメントとの関わりを「傍観者、被害者、加害者という3つの自分」で捉えるという視点は、ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン主催講演会「男たちの#MeToo」(2018)での小島慶子氏からの示唆による。
※2…厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査について」
※本コラムは、多賀太「男性もハラスメントに「ノー!」を ―ホワイトリボンキャンペーン・ジャパンの取り組み」(労働教育センター『女も男も』No.132、2018年所収)の一部を加筆修正したものです
※当ページ掲載の各画像はイメージです。
編集・構成:松田明功(WRCJ事務局 / スタジオ・ボウズ)