文:多賀太(WRCJ共同代表)
暴力を振るわない男性に何ができる?
男性の立場から女性への暴力撲滅を目指すホワイトリボンキャンペーン。1991年にカナダの男性たちが始めてから30年。今では世界50カ国以上に広がっているとされる。その特長のひとつが、女性への暴力をなくしていくためのアクションを、暴力を振るわない男性たちに対して呼びかけていることだ。
女性への暴力は、加害者と被害者の間の個人的な問題ではなく、女性蔑視と暴力を容認する社会の問題であり、社会の一員として誰もがそれをなくしていく責任を負っている。人口の大半を占める暴力を振るわない男性たちが、女性への暴力を傍観して沈黙するのではなく、それに反対の声を上げ行動を起こすことこそが、問題解決の鍵を握るというわけだ。
とはいえ多くの男性たちは、そうは言われても、暴力を振るっていない自分たちに一体何ができるのかよくわからない、というのが正直なところではないだろうか。そこで、DV(厳密には配偶者間暴力を指すが、ここでは恋人間での暴力も含む)を例として、暴力を振るわない男性でも、いや暴力を振るわない男性だからこそ、できることを考えたい。
DVはすぐ隣で起きている
DVは家庭内やプライベートな状況で起こるため、本人が打ち明けない限り、周りの人々はなかなかそのことに気づきにくい。しかし、日本では女性のほぼ3人に1人がDV被害を経験しており、女性の約20人に1人は命の危険を感じるほどの暴力を受けた経験がある ※1。このことは、私たちの身近にいる親しい女性たち、例えば、娘、母、姉妹、友人、同僚、隣人などのなかに、そうした深刻な被害を受けている人がいる可能性が非常に高いことを意味する。
また、女性に比べると割合はずっと少ないが、男性でも深刻なDV被害に遭っている(命の危険を感じたことのある男性は全体の0.6%)※2。しかも、女性から被害に遭っていることを言い出せなかったり、女性以上に被害を信じてもらえなかったりして、相談できずにひとりで苦しんでいる男性も少なくない。
問題解決の手段として暴力を選ばない
このように、私たちの身近にいる愛すべき人々が、パートナーからの暴力に怯え命の危険を感じながら日々過ごしている。そんな社会で暮らさなければならないことは、加害者でも被害者でもない大多数の人々にとっても不幸なことであり、そして許せないことではないだろうか。だとすれば、この問題を決して他人事で済ませるのではなく、その防止に向けてできることからやっていくことが大切だろう。
では、具体的に何ができるのか。DVをなくすために誰にでもできることのひとつは、これから先、決して暴力を振るわないことだ。あまりにも当たり前のことだが、もう少し踏み込んで考えてみたい。
パートナーを殴ったり蹴ったりするのはごく一部の人たちかもしれない。しかし、DVに当たる暴力はそうした「身体的暴行」だけにとどまらない。暴力を振るったことがないと思っていた人でも、そのほかのタイプの暴力、例えば「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」まで含めて改めて思い返してみると、思い当たる節があるかもしれない。
また、本当にこれまで暴力を振るったことがない人でも、今後ストレスの多い環境に長期間置かれたり、とても理不尽な出来事を経験したりすれば、思いがけず振るってしまいそうになるかもしれない。そのときに重要になってくるのが、目の前の問題を解決する方法として決して暴力を選ばないこと、暴力以外の方法で問題を解決する道を探ることだろう。
暴力的な男らしさに歯止めを
男性が暴力を振るわない生活をするということは、単にそのことによって自分が暴力の加害者にならないこと以上の大きな意味を持つ。DVや虐待をする父親の元で育った子どもの中には、大人の男性を極端に怖がる女の子や、暴力的ではない大人の男性イメージを持てないでいる男の子が少なくないという。
ひとりでも多くの男性たちが、暴力を振るわないという当たり前の生活を送ることは、暴力的でないポジティブな男性像をそうした子どもたちに身をもって示し、暴力的な男らしさの再生産に歯止めをかけることにつながるのだ。
寄り添うことで、被害者を守り支える
男性たちは、DVの被害者を守り支えることもできる。といっても、暴力が起こっている現場に飛び込んで体を張って被害者を守れと言いたいわけではない。
まずは、被害者を「二次被害」から守ることだ。この場合の二次被害とは、DVなどの被害に遭った人が、被害を軽く扱われたり、加害者ではなく被害者である自分が責められたり、屈辱的な経験を根掘り葉掘り尋ねられたりしてさらに傷ついてしまうことなどを指す。
特に男性被害者の場合は、「男の方が強いはず」といった無意識の思い込みによって、女性以上に被害を軽く扱われてしまうこともある。信頼できると思って被害を打ち明けた相手からそのような二次被害を受けると、性別を問わず被害者の精神的ダメージはさらに深刻なものになる。
被害者をそれ以上傷つけることのないよう、被害者の気持ちに寄り添う姿勢が大切だ。被害について見聞きしたら、決して被害者を責めないこと。不確定なことについては勝手に決めつけず、耳を傾けて話を聞いてあげること。そして、周りの人々が二次被害を引き起こしそうになったときに、それを最小限にとどめるよう働きかけること。これらは、被害者を守り支えるために、私たち一人ひとりにできることだ。
相談・支援窓口を知る
被害者の相談や支援を専門的に行う機関やその連絡先を知っておいて、必要に応じて被害者にそれらの情報を教えてあげることもできる。各都道府県や市町村が設置する「配偶者暴力相談支援センター」にはDV相談窓口が設けられており、緊急時の一時保護、自立生活支援などのサービスも提供されている。
※内閣府「配偶者暴力相談支援センター一覧」(PDF)
配偶者からの身体に対する暴力により生命や身体に危害を受ける恐れが大きいときには、裁判所に申し立てることで、加害者に対して被害者へのつきまといなどを禁止する「保護命令」の制度もある。
また、内閣府では、相談機関を案内する全国共通の電話番号を設けたり、電話、メール、チャットで全国から24時間体制で相談を受け付ける「DV相談プラス」を開設している。命の危険が迫っているなど緊急性が高い場合には、第三者であってもすぐさま警察に通報することも必要だ※3。
周りの人々に伝え広げていく
最後に、DVをなくしていくために男性にできることとして、この問題を周りの人々に伝え、広げて、訴えていくことを挙げたい。DVの実態やその深刻さ、DVをなくすためにできることを家族や友人や同僚などに話すこと、これも誰にでもできるとても重要なことだ。
特に学校の教師、職場の上司、その他の組織や団体のリーダーなどの立場にある人は、子どもたちや部下、団体のメンバーなどにこの問題を伝えることで、その影響力をDVをなくすために使うことができる。
一般市民が、投書やパブリックコメント(意見公募)などを通して、政府や自治体に対策の充実を訴えることもできる。被害者の相談や支援、加害者の適正な処遇と更生、学校での未然防止教育の実施や社会教育における意識啓発などは、政府や自治体が率先して取り組むべき重要な課題だが、いずれもまだ十分とはいえない。私たち市民一人ひとりが声を上げることで、これらの取り組みの充実を図る後押しをすることができる。
男性たち一人ひとりが、女性たちとともに、こうしたささやかなアクションを積み重ねていくこと。それがDVをなくしていく大きな力になるはずだ。
※1・2…内閣府「男女間における暴力に関する調査」(平成29年)
※3…緊急の場合は110番、緊急性はないが警察に相談したい場合は#9110
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201309/3.html
※当ページ掲載の各画像はイメージです。
編集・構成:松田明功(WRCJ事務局 / スタジオ・ボウズ)